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最近は演出備忘録。
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(※ネタバレあります)

その日もスケジュールはてんこ盛りで、八王子のとある大学で大教室や中庭のシーンを撮ったあと、相当な移動をして萌の部屋をデイシーンで撮らなければならなかった。なので逆算すれば、午後なるべく早い時間に大学の現場を切り上げる必要があるのだが、エキストラが多いシーンが多いので通常のシーンよりどうしても時間がかかる。教室内は生徒が座っているだけなのでたいした手間はかからなかったが、中庭でたくさんの学生達が行き交うシーンは予想通り難儀した。しかし、こうやって画面の中を様々な人が入っては出て、出ては入るというだけでなぜか楽しくなる。ある人は座り、ある人達はおしゃべりをし、ある人はカメラ近くを足早に通り過ぎ、ある人は奥の方でうつむき加減にトボトボと歩いている。そして、その中の特定の人物にカメラは向けられていく。群衆から個人に意識が集中していく時間の流れがこのショットの主眼で、それは普段我々が行っている見たり聴いたり感じたりしながらふと何かに目を耳を向けるという行為に最も近い。
とにかく、撮っていて楽しい。
カメラが移動しながら、朝原今日子(内田慈)の歩きをエキストラ達の間隙を縫ってフォローする。初めは誰を撮ろうとしているのか判然としないのだが、朝原今日子がそばを通り過ぎる教授に会釈をするあたりから「どうやらこの女性がこのショットの主役らしい」と観る人は感じるだろう(感じて欲しい)。その後、朝原はさらに歩き続け(この間も行き交う学生達は絶えない)、その歩き方はどこかある目的地に対して真っ直ぐ向かっていることがわかる。やがて朝原は何か(誰か)を認識したかのような様子で歩速を緩める。まだその対象物はフレームの外にあるのだが、朝原はもはやそれと意識を交差させうる距離に達したと見えてとうとう立ち止まり、それに同調してカメラも立ち止まる(レール移動を終える)。学生達がなおも流れる時間のように通り過ぎていく中、一人静止した朝原は、フレームの外にいる“なにか”に対して「おつかれさまです」と話しかけると、フレームの外からその人は「あ、おつかれさまです」と答える。朝原はまるでフレームの中に映っていない“なにか”の正体がわかって安心したかように再び歩き始め、それをカメラがフォロー(パン)することで金井淳がようやくフレーム内に収まる。ここにいたってようやくこのショットの主役は実は金井淳であり、朝原には別の役目(前のカットからずり下がる金井淳の講義中の声から中庭に座る金井淳へ直接繋がるカットの合間に横たわる時間を運ぶ役目)が与えられていたことがわかる。朝原今日子が金井淳の横に座り、会話は続く。運ばれた時間を引き受けた二人の達者な俳優が意識を反射し始め、おぬまはそれをじっと見ている。
「カット。OK」
ずっと動き続けていたエキストラのみなさんが一斉に安堵した声を上げ、そのすべての動きをコントロールしていた助監督がドッと疲れたように息を吐く。
映画「童貞放浪記」の中でおぬまが最も好きなショットが撮り上がった。(つづく)

※概ねフィクションですよ!

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