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最近は演出備忘録。
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予定より早く、あるい遅く到着しても間が悪くなってしまうので、待ち合わせ時刻のきっかり五秒前におぬまは先日と同じ場所にやってきた。神楽坂恵はやや緊 張した面持ちで「おはようございます」と口にしながらも目線を合わせづらそうにしていた。前回の経緯を考えれば彼女の心理状態はごく自然なものであった が、客観的に見ればむしろ追い詰められていたのはおぬまの方であった。もし再び神楽坂が台詞を覚えられずにしどろもどろな有様であったら、おぬまの演出戦 略は早くも根底から崩れてしまうことになる。それは神楽坂の能力がどうこうという問題ではなく、監督側の「こうしたい」というメッセージが今後すべて効力 を失う事態を招くことになるのだ。監督の言葉がまるで地球をも貫くニュートリノのように何にも干渉せず何をも変えないという、おぬまにとっては身の毛もよ だつような状況である。おぬまは本読みが終わるまで、祈るような思いでじっと目を閉じていた。
神楽坂はどうにか台本を見ないで台詞を言い切った。この際読み方はどうでもよい。とにかく言えた! 俳優として当たり前のことかもしれないが、 監督のメッセージが俳優に伝わったという意味でそれはとても大事なことだとおぬまは噛みしめている。それが達成されれば、今度は俳優のメッセージが監督に 伝わることが可能になる、と。自分と他者の通じ合いのはじめの一歩であり、それをカメラという客観で世界を捕らえる、撮る、見る、その行為そのものが映画 だ、と。
台本2ページ分の台詞を、何度も読んでもらった。神楽坂はその間、数度台本を見直すことがあったが、もう大丈夫。おぬまと神楽坂のスタート地点はすでに一致しているから。予定の2時間が経過したので、おぬまは次の課題を彼女に託した。
「次回までにこの台詞を300回、声に出して読んでおいてください」(つづく)

※概ねフィクションですよ!
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